視床下部ニューロペプチドの生体での役割 -麻酔からの覚醒-

 当研究室では従来から、視床下部に唯一存在するペプチドの一つであるオレキシンの生体での役割に関して研究を行った。 1,2)オレキシンは自然睡眠・覚醒において覚醒の維持に重要な働きをしている神経ペプチドであるが、当研究室では、このオレキシンが麻酔の覚醒に重要な働きをしていることを証明した2)。イソフルラン麻酔下でオレキシンを脳室内や前脳基底核に微量投与すると脳波は活性化する。(図1)

ラボ1
図1.オレキシンAを前脳基底核に微量注入すると脳波は活性化する。しかし、オレキシンBを投与しても変化はみられない(文献2より改変)

 

オレキシン神経細胞の軸索は脳内の覚醒や目覚めにかかわるヒスタミンを含有する結節乳頭体、ノルアドレナリンを含有する青斑核、セロトニンを含有する縫線核、橋背側部や前脳基底核のアセチルコリン作動性ニューロンに達している。これらの覚醒神経核の中で麻酔からの覚醒に深く関与しているのがヒスタミンである。これはヒスタミンの脳室内投与の実験であるが、ラットをプロポフォールで鎮静化し、脳室内にヒスタミン30μgを投与するとラットは平均15分で覚醒して動き始める。ただし、ヒスタミンの替りに生理食塩水を同量投与すると平均55分で自然と覚醒して動き始める。

一方、オレキシン神経細胞と同様に視床下部に存在し、オレキシンと広く脳内・脊髄に投射しているメラニン凝集ホルモン(Melanin-concentrating hormone: MCH)含有神経細胞がある(図2)。MCH含有神経細胞はオレキシン含有神経細胞と同様に視床下部に唯一存在し、脳内のみならず脊髄にまでその神経線維を延ばしている(図2)。

ラボ2

図2:オレキシン(赤)とメラニン凝集ホルモン含有神経細胞(緑)の脳内分布:脳内のほぼ同じ領域に分布

 

MCHには摂食行動促進、情動抑制、REM睡眠増加等の作用が報告されているが、麻酔・ペイン・集中治療領域においてMCHがどのように関わっているかは未だ不明である。

当研究室で研究された中国第4軍事医科大学麻酔科(西安)の路先生はラット脳室内にMCHを投与すると、脳波はシーター波

(図3)を呈してREM睡眠におちいることを発見した。また、記憶の保持に深く関わる海馬でのアセチルコリン分泌とREM時間が相関することからMCHの記憶保持作用を示唆した3)。

ラボ3

当研究室では、この領域におけるMCHの役割について検索中である。現在、進行中のテーマとして、①MCHやその類似ペプチドの鎮痛作用とその作用部位(写真2;痛みの実験;プランターテスト)、②MCH等の記憶促進作用(写真3;Passive avoidance test)、③MCH分泌と同時に放出されるneuropeptide EIやGABAをREMに関連する神経核に微量注入して睡眠に及ぼす作用を検索中である。

1) Yasuda Y, Takeda A, Fukuda S, et al. : Orexin A elicits arousal electroencephalography without sympathetic cardiovascular activation in isoflurane-anesthetized rats. Anesth Analg  2003;97:1663-6.
2) Dong HL, Fukuda S, et al.: Orexins increase cortical acetylcholine release and electroencephalographic activation through orexin-1 receptor in the rat basal forebrain during isoflurane anesthesia.  Anesthesiology 2006 ;104:1023-32
3) Lu ZH, Fukuda S, Minakawa Y, et al. Melanin concentrating hormone induces hippocampal acetylcholine release via the medial septum in rats. Peptides. 2013; 44:32-9.

 写真2:痛みの実験風景

プランターテスト:動物の後肢に高輝度ハロゲン光源からの熱刺激を与え、動物の動きによる反応時間をカウンターで自動測定

研究1

 研究2

 

 

 

 

 


 写真3:Passive avoidance

明暗の二つの箱を用意しドアを付けてつなげておく。最初、ラットを明るい箱に入れドアを開けるとラットは暗い所を好むので暗箱に入る。ラットが暗箱に入ったところで床から電気的刺激を行い、電撃のない明箱に戻ったところでドアを閉めラットを取り出す。翌日、同様に明箱に入れてドアを開けると電撃がなくとも暗箱には行かず明箱に留まる。暗箱に移動するまでの時間(潜時)を測定し、2日目の潜時が初日の潜時よりも十分に延長していれば、学習および記憶が成立していると考える。

研究3


 

 

 

 

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