臨床留学挑戦-米国ボストンMassachusetts General Hospitalにて-

 安田 篤史 講師

2012年12月から2015年11月までの3年間、米国ボストンのMGH(Massachusetts General Hospital)に留学しておりましたので、報告いたします。


 
 留学に至るまで

今回の留学の主な目的は研究で、人工肺関係の研究をしたいと思い、人工肺の研究で有名な米国の施設を調べました。興味深い研究室が3か所見つかりメールを送ったのですが、返事があったのは1施設のみで、しかもその返事は「ポジションは空いていません。」の一文だけでした。お世話になった先生からの紹介でもう1施設連絡をとってみたのですが、そこもポジションが空いていないということでした。やはり、研究実績がなく研究に関してコネもないとなると、メールでのやり取りのみでは道は開けない、と思い、とりあえず前回の留学でレジデント(研修医)をしたMGHに行って相談してみることにしました。

渡米初日に、レジデント時代のチューターだったAlfille先生に会って相談したところ、その場でMGH再生医療センター長にメールを出してくれました。そうしたらすぐに返事が来て、再生医療センターで肺の再生の研究をしているPI(Primary Investigator)が人員を探しているとのことでした。Alfille先生から早速そのPIにメールを出してもらい、翌日に会う予定を組んでもらいました。それと同時にMGH麻酔科に心臓麻酔スタッフとして雇ってもらうために会うべき人々(麻酔科長、スタッフリクルートメント責任者、心臓麻酔チーフ、研究責任者)との面会も組むようにと助言をもらい、5日間の滞在でそれらの先生方と面会することになりました。心臓麻酔スタッフとしての採用については、その当時たまたまポジションが空いており、また、面会した先生方もレジデント時代からよく知っている人達でしたので、スムーズに話は進みました。研究に関しても、そのPIが当時胸部外科フェローをしており、Alfille先生が肺外科麻酔の重鎮だったこともあり、2人がお互いをよく知っていたため前もって話を通しておいてくれたみたいで、面会する際にはほぼ採用決定みたいな感じでした。面会の際に、麻酔科の臨床で給料をもらうので研究に関しては無給でいいとも伝えたので、採用に関して躊躇する理由がほとんどなかったことも正式採用に影響したものと思われます。

臨床と研究両方の正式採用が決まってからVISA(レジデント時代はJ-1ビザで、今回はH-1Bビザ)の申請とMassachusetts州の医師免許の申請を始めたので、実際に留学をするまで半年以上かかってしまいましたが、留学自体は2回目ということもあり、米国のソーシャルセキリュティーナンバーはすでにあり、また銀行口座、携帯電話、運転免許証も維持していたので、生活のスタートアップは問題なくいきました。

 臨床について

臨床の契約は週3日勤務の常勤で、心臓麻酔と一般外科系の麻酔とを隔週で担当していました。心臓麻酔の時は基本的にレジデントと組んでやりますが、一般外科系の麻酔の時は、一人がけや、麻酔ナースの外回りをする日も多かったです。

ちなみに、MGH麻酔科は米国では最大規模で、麻酔科医スタッフが約150人、フェロー・レジデントが約80人、麻酔ナースが約100人、研究者・事務員も合わせると約500人の「医局」になります。スタッフの中で、研究をメインにやっている人は臨床日が週1日の人も多く、臨床メインでも週5日働く人は少なく(週4日の人が多い)、マネージメントメインの人もいますので、また、麻酔ナースも非常勤で働いている人が多々いますので、実際の日々の臨床の現場にはスタッフ・フェロー・レジデント・麻酔ナース合わせて120人ほどしか(?)いません。

今回の麻酔科スタッフとしての留学で新たに感じた点がいくつかあります。

●教育
麻酔科スタッフのフェロー・レジデント教育に対する意識は平均的には高いと思いますが、実際には考え方や関わり方にかなり個人差があると感じました。また、教育に関してのスタッフに対する評価がレジデントからの評価に依存しているところもあり、レジデントからの評価を気にしながらの教育(気にしないスタッフは気にしませんが、、、)には気疲れすることもありました

●麻酔ナース
私がレジデントの時にはそれほど多くはいませんでしたが、スタッフとして戻ってきたときには多くの麻酔ナースがいました。麻酔ナースは基本的にトレーニングを終えた人たちですのである程度は任せられるのですが、最終的な責任は外回りとしてつくスタッフ麻酔科医が取ることになりますので、麻酔ナースの技量・判断力・麻酔に対する姿勢に応じて任せる度合いを調整する必要がありました。

●病院財政面
私がレジデントの時にはコストのことを話題にした麻酔科スタッフはほとんどいませんでしたが、今回スタッフとして戻ってきたときにはコストのことをかなり意識させられました。病院全体としてもコスト削減を目標としており、薬剤・物品のコスト削減のみならず、報酬面のカット、人員カットも行われ、今後もさらに財政的に厳しくなるとの見通しでした。

病院Quality Improvement
レジデントの時には正直あまり気づきませんでしたが、Quality Improvementが強調されており、麻酔科としていくつか具体的な目標を立てて、どれだけ目標が達成されたかが数値で提示され、目標を達成できていない項目についてはさらなる改善を求められる、ということが行われています。Process Improvementという意味においては行動に変容をもたらしており「成果」をあげていると思うのですが、それが本当に質の改善につながっているのかどうかは、正直疑問に思います。

 研究について

MGH再生医療センターの肺の再生の研究室に所属して研究を始めたのですが、研究のバックグラウンドがほとんどなくほぼ一からのスタートでしたので、また週3日臨床をしていたため、なかなか研究ははかどりませんでした。また研究内容も「肺の培養」と非常に困難なテーマであり、研究をしながら「これは不可能ではないか?」と思い悩んで手が進まなくなってしまいました。結局私主導での研究は最初の半年のみで、それ以降は新たに加わった日本人研究者に引き継がれ、私はそのお手伝いをするような立場になりました。その間、基礎の研究や再生医学について(iPSやSTAPについても)いろいろ勉強させてもらいましたが、私が今後継続してやっていく分野ではないと判断し、3年目になったところで再生医療センターの研究室からは一歩身を引き、研究の方向を臨床研究に切り替えました。ただ、臨床研究の方も遅々として進まず、自分の研究に対する姿勢や努力の足りなさにふがいない思いを持ち続けて1年間を過ごしました。

 日本帰国について

H1Bビザは3年間有効で、さらにこのままMGHで臨床・研究を続けていく場合には、ビザの更新が必要でした。いろいろ悩みましたが、MGHでの臨床のプレッシャーと研究の滞りが3年間の間に少しずつボディーブローとして積み重なり、精神的に「逃げ」に走りかけていたので、結局ビザの更新をしないで日本に帰国してもう一度出直そうと決心しました。

 今回の留学はどちらかというと辛いことの方が多かったように感じますが、今までお世話になった多くの先生方のご理解とご協力のおかげで、また、ボストンでも多くの先生方に支えてもらったおかげで、いろいろな経験をすることができました。改めて、澤村先生はじめ帝京大学麻酔科の皆さま、そして私の周りのすべての方に感謝申し上げます。ボストンで多くの人々と交流ができたことは私にとって大きな財産ですし、今後はそれらを社会に還元するべく日々精進を続けていかなければいけないと感じました。これからもご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願い申し上げます。


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